ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん

家事使用人研究者の久我真樹のブログです。主に英国ヴィクトリア朝の屋敷と、そこで働くメイドや執事などを紹介します。

2010年を振り返る&2011年への抱負

2010年は親になった気持ちでした。



『英国メイドの世界』の同人版、続く講談社版は私にとって「娘」のようなものです。実際に親になったことはないのですが、特に今回の出版は「出産」に比喩できるほど大変で、人生を賭けました。「産む」までの時間が長く(2年)、「産んだ後の子育て」(まだ2ヶ月)もあり、人生を変えるきっかけになるイベントでした。



英国メイドの世界

英国メイドの世界





出版に至るまでの2010年は人生で最も努力し、頭を使い、考え尽くし、尋常ならざるエネルギーを注ぎ込みました。発売後も必死に動いてきたのも、「絶版」になったら二度とこのレベルの本を作れないからです。「娘」が一日でも長く生きられるように、返本や絶版で消えていかないように、多くの「まだ出会っていない、本を気に入ってくれる」人と出会って行くにはどうするか、考えました。運良く、最初のアクションでは想定以上の結果を出せたことで先に繋がり、これからの可能性を見極めていくつもりです。



出版の過程では、多くの人に出会いました。支えてもいただけましたし、祝福もいただけました。全体で見れば将来に繋がる方向を見つけた1年でもあり、強靭な足場を作る機会となりました。


5位:同人と電子書籍と商業出版〜個人が表現する場として

同人活動を通じて、私はいろいろと世界を広げてきました。まず2008年には合計で1.4トン刷った総集編のノウハウを共有したところ、思いのほか反響があり(同人誌1トンを刷った経緯と部数決定のプロセスなど)、「個人が創作を続ける理由付け」「続けるための工夫」というところに目が向きました。



そこで、同人イベントで表現活動をして着た観点で、「同人イベントの価値を見直すこと」と、昨年は盛り上がりを見せた「電子書籍と同向き合うか」をテーマにいろいろと書きました。(同人誌即売会で得られる「創作を続けやすい環境」) また、私自身、iPadを買い、Kindleをかなり使うようになり、同人誌として作った冊子のダウンロードコンテンツ販売を始めてみました。



今年は「個人が好きな創作・研究を続けてきた10年」的に、ノウハウを本(同人誌か電子書籍か)にしてみたいと思います。同人誌を作るためのノウハウ本は多いですが、サークル活動を続けるためのノウハウ本はあまり見ませんし、電子書籍による個人刊行を検討される方には、比較にもなると考えています.
さらに、個人が表現を行う環境としての関心と、個人的な趣味の問題として、2011年は早い時期に、電子書籍を巡るビジネスモデルを整理するつもりです。


4位:素晴らしい作品との出会い

2010年・日本と英国で「ヴィクトリア朝・メイド・屋敷」的な作品が豊作の年(2010/12/23)と昨年に振り返りを行いました。良い資料本も多いのですが、記憶が曖昧です。すみません。



出版で使った参考資料一覧は講談社BOX『英国メイドの世界』参考資料一覧にアップしてあります。


3位:学びの機会と現代性を得る

今年は4つ、大きな視点を得ました。



ひとつは岡田斗司夫さんの活動への興味です。オタキングex立ち上げをリアルタイムで見ましたし、語られるビジョンの視点は非常に高く、自分が問題に思うことの解決策も提示されていました。まだ自分の足元が固まっていないので参加はしていませんが、この時に、岡田さんの著書『ぼくたちの洗脳社会』で紹介されたアルビン・トフラーの『第三の波』を通じて、当時疑問に思っていた「近代の特徴・家事使用人への影響」についての考察を深める機会を得ました。



2つ目は年末に刊行された『まおゆう』を通じて、今まで読んでいなかった『銃・病原菌・鉄』や、『英国メイドの世界』執筆に関連して、近代関連の知識を網羅的に広げるきっかけのひとつにしました。『まおゆう』の行間を勝手に読んだ部分もありますが、非常に刺激的でした。(『まおゆう』刊行を記念して、振り返る「近代」関連の書籍) 作品自体、時間を忘れて読みました。



3つめは、フーコーとの考え方との出会いです。19世紀に規律重視・時間厳守・役割分担・マニュアル化が進む家事使用人の状況を見て、アルビン・トフラーの『第三の波』だけではどうも埋め切れませんでした。「その根幹は何か?」と考えていたとき、英国留学経験者の方(社会学・哲学)と出会い、フーコーの『監獄の誕生』が良いとレコメンドされました。



フーコーとの出会いは私には衝撃的でした。その上、今まで読んでいた家事使用人の本では一度もフーコーの名前を見たことがなかったのですが、昨年末に読んだある本で、初めてフーコーの名前を見ました。最高のタイミングで、繋がったと思います。彼が描き出す近代人のモデルは今後の財産になったと思いますし、この辺りの話は、『まおゆう』の登場人物「メイド姉」に繋がるかもしれません。



最後が、やはり今年お会いした別の方とのお話を通じて、「世界のメイド」への視点を広げたことです。当初は「世界のメイド服」的な意味合いでしたが、メイド事情を調べていくと、雇用に見られる構造に気づきました。また、グローバリゼーションと移民、そして資源の減少による生活の変化にどう向き合うかというところが、20世紀前半の英国メイド事情とも重なり、私がこれまで扱ってきた事象が現代性を帯びているのを確認できました。(2010年『ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん』アクセスランキング・ベスト10の1位に記載)



こうした問題意識は、私が尊敬する川北稔先生の著書とも重なり、『イギリス近代史講義』〜現代を照らす一冊(2010/12/15)に記しました。


2位:『英国メイドの世界』の出版

冒頭に書いたとおりです。生きていて良かったと思えること、自分にしか出来ないことをひとつ、実現できました。それまでに費やした時間と努力と不安とは書き尽せるものでは有りませんが、本を書き上げるプロセスで成長できたことは財産になりました。最初に同人誌を作った2001年には、出版を思い描いていませんでした。ただ2008年に同人誌『英国メイドの世界』を作った時に、「出版したい」気持ちが高まりました。続けていなければ、辿り付けませんでした。



梅田望夫さんは、「一つのコミュニティが発展するには、そのコミュニティに没入している人間が必要」という趣旨の話をされていました。まだ没入するレベルには到達できていませんが、この領域において、しっかり向き合いたいと思います。何よりも、私が同人活動を始めるよりも前、同人に始まって10年以上続いた「メイドの歴史研究」というジャンルが、ようやく「同人出身者」によって出版にこぎつけ、その価値を世に届けられる場に立てたことを私は誇りに思います。



この本は決して一人の力によるものではありません。出版社から出ることで同人誌はどう変わったか?と記しましたように、出版社、編集者の力があってこそ実現できました。そして、本を出版社から出すことの大きさも感じました。だからこそ、啓文堂書店三鷹店様いくつかの書店でPOPで応援をしていただけたことには深く感謝しております。書店での売り上げに貢献できるよう、適切な意味での話題性を今後も作っていくつもりです。


1位:人との出会い

今回、『英国メイドの世界』刊行を1位にしませんでした。本を刊行できたことはとても嬉しかったですが、それ以上に大きかったのは多くの方々にお会いできたことです。今まで同人イベントで応援してくださった読者の方々に恩返しでき、アキバBlog様で2008年に同人版が取り上げられた際に興味を持ちながら買えなかった方々にも本書を届けられ、そして新しい読者の方々に出会えました。ご購入いただいた皆様には御礼申し上げます。



出版後も、それまでに縁があった方に報告した時にお祝いをいただきました。作品を作るプロや同人の方々の手にも本書は渡っており、新しい創作の基盤として使ってもらえるかもしれません。同人版でも「参考にした」というお話をうかがったことはありますが、今回はより多く作品が生まれることを願っています。少し意味合いは違いますが、星海社・最前線『非実在推理少女あ〜や』のメイド喫茶モデルがシャッツキステで言及したように、マンガの中で『英国メイドの世界』もデビューさせてもらいました。



そして、秋葉原メイド喫茶シャッツキステと出版記念コラボイベントを取り組めたことも、「娘」という本にとって最高の社交界デビューといえる出来事でした。メイドさんのいる図書館に蔵書を展示し、19世紀の料理メニューを提供し、一緒に同人誌を作り、さらには読者の方向けの「夜話部」という、フルコースなイベントでした。(シャッツキステとの出版記念コラボイベント・無事終了



今回の出版を通じて、私が今ここにいるのは、日本で断続的に生じたメイドブームがあったことを再確認しました。また、「私が応援したい」と思う方々に何を出来るのかを考えさせられましたし、今後もより問いかけられるでしょう。



最後に、同人誌『英国メイドの世界』自体が、その刊行によって「出版」という機会をいろいろと開いてくれました。講談社BOX版『英国メイドの世界』を通じて活動の幅を広げていき、自分にしか出来ないことを求めつつ、出版を支援してくださった方々や読者の皆様に価値を返していくつもりです。



本年もよろしくお願いいたします。


2011年の抱負

「メイド」の概念を広げる

今年の目標は、「コスプレとしてのメイド」の概念が世間的に広がりすぎているように思えるので、相対化できるように努めます。繰り返しですが、メイドに興味が無い人は主体的に情報収集せず、メディアやネットメディアで取り上げられる「(『電車男』に出るようなイベント型)メイド喫茶の一面」を報道で知ります。



入ってくる情報はそれしかないので、「それがすべて」と受け止めます。自分が詳しくない・関心がない領域なので、それ以外があるとは考えませんし、知ろうとも思わないでしょう。それが普通ですし、私も詳しくない領域では同じです。同人誌、というのもそうでしょうね。エロ同人が多いのは確かですが、それだけではありません。二次創作が多いのも確かですが、それだけではありません。男性よりも女性の参加者が多いといわれているのもご存知でしょうか?



私は「メイド」という言葉にまつわり想起される概念を、今年はより拡張したいと思います。「これが正しい」というつもりはありません。すべては同一に存在可能であり、その共存の幅広さこそが魅力でもあります。



そこで今まであまりメイドに興味を持たなかった人たちに本書や私なりの伝え方でアプローチし、消極的な判断基準として受け入れられる今のメイド・イメージに、「英国のメイド」という要素で入り込むつもりです。また、その先として、「日本で成立したメイド」と、「過去の歴史に存在したメイド」、そして「海外で働く現代のメイド」の3つを相対化し、比較し、「メイド」にまつわる概念を現代的な要素と歴史的な要素と文化的な要素で繋げたいと思っています。



歴史を学ぶ立場から言えば、日本のメイドは特異です。どの辺りが特異なのかも含め、去年は日本のメイドブーム関連の整理も始めました。この特異性がなぜ成立しえたのか、海外では成立しなかったのかを考察するのが今年の目標です。


同人誌

2冊、刊行する予定です。どちらも電子書籍版を作るつもりです。


  • 『階下で出会った人々』
  • 『英国メイドがいた時代の終わり』



前者は、同人版『英国メイドの世界』で意外とニーズがあった、実在・非実在の家事使用人の人名録・エピソード集です。これは鋭意製作中で、2011年5月コミティアに間に合えば用意します。



後者は講談社版『英国メイドの世界』で十分に扱いきれなかった、メイドオブオールワークを軸とした20世紀前半のメイド事情です。なぜ衰退したのか、どのように衰退したのか、というのを扱います。原稿はかなり終わっていますが、もう少し調整が必要で、これも2011年5月コミティアか、遅くとも夏コミを目処に刊行します。


個人の目標
  • 小説を書く

本を作ってみて感じたのは、情報を伝えるには「物語」が適しているということです。昨年出版を報告した際にお会いした別々の知人2人に、同じことを言われました。資料本を作ることで他の方に物語を作ってもらいたいと思っていますが、自分でも動きます。



あと、短編小説のサイトが孤立しているので、WordPressのサイトに移行します。


  • 活動スポンサーを見つける(非メイド関連事業)

今までメイドとの接点があるとは思っていない領域に価値を返せないか、その価値を出す自分へのスポンサーを見つけ、より活動に専念する時間を確保したいという趣旨のものです。具体的には旅行業界か、労働関連なのかなぁと思っています。メイド関連事情に近すぎると分析しにくく、また発言の中立性が失われるので、その領域には今後も「個人の範囲の応援」に留めたいと思います。



私がメイドを「見つけた」というより、今は私がメイドに「見つけられた」感じがするぐらいに、様々なテーマが繋がって生き方に影響を及ぼしています。子育てのつもりで多く時間を割く必要がありますし、今後も時間を割いていく比率を上げたいので、その足場としての経済力(=時間の融通)を、なんとか今年中に高めたいと思います。



ただ、今までの経験上、「お金のためだけ」にメイド関連で何かをするのは向いていませんので、自分が好きで楽しめる範囲の中で追求するつもりです。


  • 出版関連で何か作りたい

「個人による創作表現」を好み、またその表現が集まる「場」が好きなので、そうした一連の活動を応援するノウハウ本的なものを出版したいと思います。また、『英国メイドの世界』の要望として聞いた、写真に特化した本(私としては屋敷の地図も含めて)の企画を立てられないか、検討します。今の本で結果が出せたらという話ですが。


  • 他メディアへの展開

「メイドが好きな人向け」のメディアではなく、たとえば旅行業界や転職業界、あるいは同人と創作をベースに電子書籍の話を関連させてITニュース系など、私が持つ接点を拡張する意味で、いろいろなメディアで「これまでの活動・知見」を展開していく場が得られればいいなぁと思っています。これは営業努力が必要ですし、まだ早いかもしれませんので、書くだけに留めておきます。クラスタを超えないと届かないところに届ける、というのが私のテーマです。そういう意味で、今年は「エヴァンジェリスト」を名乗るべきかもしれません。


勉強について
  • イギリス屋敷への橋頭堡を築く

去年の抱負として掲げましたが、出版まで旅行には行かないと決めていたので、叶いませんでした。本体的にはイギリス貴族の日常生活を追いかける活動に戻りたいのですが、まだメイドの足場が築けていないので、もう少しだけ行います。その後、屋敷や領地経営、領地に住まう人々のコミュニティなど、私が大好きな「屋敷の暮らし」を研究できるようなポジションになりたいと思います。


  • 英語力(TOEFL)を高める:点数を決めて

英書は読みまくりましたが、基礎的なところを怠っているので、もうちょっと考え直します。


  • 留学する

留学したいです。が、お金の問題も有りますし、今年についてはまだ日本で出来ることが多いです。


まとめ

・「メイドの概念」を広げる。「情報の相対化」と「受容者の拡大」の2点。
・Stay hungry, stay foolish.
・勉強する。

[おまけ]2010年の抱負を振り返る

本を出版する&プロセスを楽しみ、読者の方に出会う

・実現。
・プロセスも十分に楽しむ。

本の反響の結果を、いろいろと広げていく

・反響がそれほど見えていないのと、まだ広げ切れていない。
・私の本を参考資料の一つとして、創作が広がることを願う。

メイド研究同人活動の区切りとして、20世紀の使用人事情を扱う

・扱えなかったものもありつつ、資料と視点は強固に出来ました。

イギリス屋敷への橋頭堡を築く

・まだ。先が見えず。

英語力(TOEFL)を高める

・まだ。単語の勉強のみ。それも中途半端。

小説を書く

・まだ。