ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん

家事使用人研究者の久我真樹のブログです。主に英国ヴィクトリア朝の屋敷と、そこで働くメイドや執事などを紹介します。

『ROSE :MY LIFE IN SERVICE』

個性豊かな女主人に35年間仕えたメイド

一度、同人誌を作る過程で、タイトルを伏せたままでこの資料を紹介しました。



主人との絆〜子爵夫人とその侍女



久我が今までであった資料の多くは、あくまでも「使用人と主人」でした。使用人は職場を転々とし、主人を変え、別々の人生を歩み、たまたま屋敷でそれが交錯するだけでした。



しかし、主人と深く関わり、そこで主人と喧嘩して、傷つけあって、それでも信頼しあえる、生涯を共に出来る関係もある、というのを再認識させてくれたのが、この本です。



元々は『Keeping Their Place』を読んでいてかなり頻繁に紹介されているので、興味を引いたというレベルですが、読んでみるとこれが、過去最高の資料のひとつになるものでした。



筆者はロジーナ・ハリソン。母はランドリーメイド、父は職人。フランス語を学び、裁縫を身につけ、始めからレディーズメイド(侍女)になるべく、キャリアを描いていました。時代が新しければこそ、なのでしょう、こういう生き方は。



過去に書いた文章を読んでいただければわかりますが、女主人であるレディ・アスターはエキセントリックで、ここまで行儀が悪い女主人は珍しい、と思えるほどです。アメリカ南部出身で、自由闊達な生き方をして、イギリス初の女性国会議員にもなり、毒舌とユーモアとウィットに富んでいました。



抑圧的・支配的でありながらも、「反抗する人間を好む」という人柄が、興味深いです。美しくて、お茶目な人でもあるのです。



GoogleImage:Nancy Astor



紳士を体現した夫のアスター子爵

最高のカントリーハウス『クリブデン』

そのクリブデンの主と呼ばれた執事エドウィン・リー



他にも個性豊かなメンバーに囲まれながら、アスター家での35年間の人生が、丁寧に描かれています。周囲にいるのも王族や貴族や億万長者と、びっくりするほどのレベルです。



時代は第一次世界大戦から第二次世界大戦第二次世界大戦の最中も活動する政治家としての姿、戦争中の貴族の屋敷の様子、使用人の視点での戦争、といった非常に珍しい視点もあります。



そして、子爵夫人が亡くなる前に起こった、クリブデンを舞台にしたプロフューモ事件についても、身内の立場から、語っています。



長く仕える使用人は、主人たちの家族を自らの家族に同一視します。ローズも、自らをアスター家という「Tribe」(一族)と考えていました。また、レディ・アスターがローズのことを、「私のために仕えてきたメイド」(for)ではなく、「私と一緒に過ごしたメイド」(together)と語ったことも、彼女の記憶に強く残りました。



そして彼女は、女主人の「死」を看取りました。死と共に使用人としての生活を終える彼女、ひとりの主人の終わりを見届けたメイドの話を読むのは、初めてでした。



その彼女は、この本の成功から、もう一冊、本を作っています。同僚たちから手記を集めて。その紹介は、また後日に。



ペーパーバックは、悲しみの0.01ポンド……



Rose: My Life in Service


イギリスの古本に手を出すと収拾がつかなくなるのが、ものすごい値段のものが多いからです。