ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん

家事使用人研究者の久我真樹のブログです。主に英国ヴィクトリア朝の屋敷と、そこで働くメイドや執事などを紹介します。

『英国メイドの世界』で提供したい読書体験と表現の環境

イギリスの屋敷やメイド、執事の資料本を出版するに際して実現したいことはいくつかありますが、「本を読む環境」という点で2つあります。1つ目は「資料を通じて異なる光を当て、読者の視点を変える」ことです。



『エアーズ家の没落』や『半身』、『荊の城』などサラ・ウォーターズの作品は英国のある時代(ヴィクトリア朝や、第一次大戦以降〜第二次大戦前後)を扱っています。これら作品は前提知識がなくても読めるようになっていますが、資料本を通じてある領域の前提知識があると、直接的に文章では描かれていない構造やテキスト、ルールのようなものを浮かび上がらせます。



これは「既存の作品の魅力を増す手段」となり、同じ作品を異なる角度で2度楽しめる、という体験を得られることになると思います。一度読めば、それ以降に接する関連作品を見る目、あるいは英国を旅して貴族の屋息を訪問した際に眺める景色の色合いが変わってくるはずです。





製作する資料本を「メイドが好きな人に読んで欲しい」気持ちは当然ありますが、資料本を読むことで、「メイドに興味がなくても、実は接している英国を舞台にした作品・屋敷を舞台にした作品・形式」の楽しみを広げられるということが、出版の際には伝えたい要素です。



もうひとつは、「ある程度の知識を持ち、表現を受容する人を増やしたい」ことです。



たとえば、日本を舞台にする学園モノの小説と、ファンタジー世界の小説では、前者ではほとんど世界描写が必要ない(説明しなくても通じる、読者はその時代に生きているから)のに対し、後者では舞台背景や設定の解説を行わなければなりません。



ヴィクトリア朝・メイド・屋敷関連で言えば、それらを舞台とする作品に登場する、屋敷で働く「ハウスキーパー」との言葉を聞いて、「上級使用人」「女性使用人の責任者」などをすぐに連想できる方は、それほど多くないと思います。ミステリの翻訳でも「家政婦」と訳され、日本語の別の意味合いを持つ言葉と混ざり、微妙なニュアンスが伝わらないこともあります。



ハウスキーパーは一例ですが、小説中で解説を行うことは一つの魅力となりつつも、冗長にもなりかねません。そこで読む側に英国の屋敷や使用人の仕事についての視点を備えてもらう、それも多くの読者に、というのが目指しているところです。



以前、「メイドは現代の吸血鬼たるか」と言及しましたが、「吸血鬼の作品」が吸血鬼としての説明をあまり必要としないように、メイドについての周辺知識を資料本の刊行で増強・拡散していくことで、「(英国)メイドの作品」が説明をあまり必要としない環境を広げ、作品が生まれやすい・楽しみめる場の定着に寄与することを願っています。



壮大な目標すぎて現時点では妄想ですが、出版後はウェブでもある程度、屋敷やメイドにまつわる情報を公開していきます。読者となりえる方々にどう出会っていくかを考えるのは楽しいことで、関心を持ってもらえる伝え方をできればと思います。