ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん

家事使用人研究者の久我真樹のブログです。主に英国ヴィクトリア朝の屋敷と、そこで働くメイドや執事などを紹介します。

英国の「メイド」は待遇を改善する転職をするし、キャリアアップも行う

昔から日本人は働きものだったのか?との『348人の女工さんに仕事の話を聞いてみました』の紹介記事には、「嫌ならすぐに辞める人々」という項目があります。19世紀半ば以降のメイドも「代々、同じ家に仕える」というよりも、「良い待遇を約束してくれる職場に転職する」傾向がありました。



ある地方の調査では、『下級使用人が同じ職場に留まる平均期間は2年以下である。70%ほどの女性下級使用人は、同じ職場に2年以下しか勤めていない。さらにその半分(全体の35%)は1年に満たない』(『英国メイドの世界』P.80より引用)と、転職の頻度が高いデータが出ています。日本の都市部の女中も大正期は「自己都合」での離職が多かったようです。(後日、データを書きます)



なぜ転職をしたかといえば、より良い待遇で働くためです。家事使用人の仕事は「雇用主の屋敷がどれだけ豊かであるか」で報酬が決まるので、どんなに長く勤めても、またどんなに同じポジションにいても、昇給の機会は稀です。故に、良い待遇を得るには良い給与を支払ってくれる屋敷で働かなければなりません。



良い給与を払ってくれる屋敷で働くには、「経験・キャリア」がまず必要でした。たとえば料理に携わるメイドは、スカラリーメイドという皿や調理器具を洗ったり雑用を担う立場からスタートし、キッチンメイドに昇格して料理の下ごしらえや簡単な料理を作る経験を重ね、やがてコックに昇進してキッチン全体を仕切るポジションに就けました。



しかし、良いポジションの仕事になればなるほど数は少なく、また待遇が良いのでなかなか空きません。そうなると転職をして他の職場に機会を求めることになります。ところが、転職には経験だけではなく、「信頼」が必要でした。その信頼を担保するのが、「どういう屋敷で働いて来たか」を示す「紹介状」です。



求人に応募した者は前職の雇用主からの「紹介状」を必要としました。人物証明、キャリア証明のようなものです。今の会社での雇用でも前職の同僚にインタビューをするケースがあると聞いていますが、雇用主のランクを「下層中流階級中流階級→上層中流階級→上流階級→王族」というように、徐々に上げていくことも「運と縁があれば」、可能でした。その反面、紹介状の発行義務も雇用主になかったため、紹介状は支配の道具にもなりました。紹介状のない転職はキャリアの破滅と思われていたからです。





裕福な屋敷ほど雇用するスタッフの数が多く、業務が細分化されており、スペシャリストを必要としましたし、執事やハウスキーパーといったマネジメントを行う管理職もいました。そういう意味でも、「キャリア・経験」は「良い待遇・良い給与を得る」ためには必須でした。



「ポジションが限られる」ということは、現代社会と似ています。誰もが大企業で高収入のポジションを得られるわけではありません。また、大企業では分業が進んでいますが、中小企業では複数の役割を果たさなければならないことも多々あります。



というような話を、『英国メイドの世界』では扱っています。



「メイド」というと現代日本では「メイド喫茶イメージ」が非常に強いですが、「英国メイド」という視点は、現代の労働環境を相対化する意味でも、過去と共通する部分や「不人気で衰退した職業」を知る上でも、興味深い題材だと考えています。



このテキストに興味をお持ちになったならば、是非、お買い求めを。辞書のような資料本ではありますが、細かく興味のあるところから読めますし、一気に読破するものでもありませんので、興味あるところからお読みいただければと。



英国メイドの世界

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